ウクライナは独立国家として確固たる地位を築いた

ヨーロッパの東部に位置するウクライナとは、ロシアと東ヨーロッパに挟まれる形で国土を形成し、その地理的状況もあり、古くからヨーロッパ諸国やロシアからの支配を受けてきました。

肥沃な土壌、そして国土を流れる大河とにもたらされる豊富な農産物は、ヨーロッパの穀倉地帯として強国の標的となり、また、黒海に面していたため、帝政時代からロシアが支配下に置くことを目論み続けていたのです。

この地に建国された、ウクライナの前身とも言うべきキエフ大公国は11世紀には、ヨーロッパ最大の国家として栄えましたが、その後と東西ヨーロッパに存在する数々の国家からの侵略、占領を受ける事となり、17世紀には完全に当時の帝政ロシアによる支配下に置かれる事となりました。

しかし、国家経済は勿論、一般民衆の生活が豊かになることは無く、そればかりか、その後の周辺諸国からの侵略、占領そして撤退の歴史は繰り返され、体制が落ち着く事も無く支配する国が変わるたびに、争いによって国土が荒廃する結果となったのです。

その後、2度の世界大戦を経て、帝政ロシアの崩壊からソビエト連邦の建国がされた当時は、連邦の中の一国として、産業的にも軍事的にも大きな意味を持つ事となり、埋蔵されていた天然資源の豊富さから次第に重化学工業が発達する事となりましたが、依然としてソビエト連邦の一員であること、つまり社会主義国家を形作っている組織であることに変わりは無く、一般民衆の生活が豊かになることは有りませんでした。

そんなウクライナも、ソビエト連邦支配下に発生したチェルノブイリ原発の大事故、そして民族解放などの思想により、独立気運が高まり、ソビエトの解体、ロシア共和国の誕生により独立国家となりましたが、軍事上の重要拠点でもあったクリミア半島は、依然としてロシアの影響下に置かれ、最近持ち上がった紛争の原因と成ってしまったのです。

このクリミア・東部紛争とは、軍事基地のあるクリミア半島の支配を目指すロシアと、豊富な天然資源を背景にヨーロッパ連合への接近を目指すウクライナとの間で争われ、ロシア軍による軍事介入も行われた結果、まさに一触即発の危機的状況となってしまっていました。

幸いにも最悪の事態は、免れましたが、今後も、この問題は繰り返されると予想されています。

国家として誕生して以来、独立と占領を繰り返したウクライナは、独立国家として確固たる地位を築いた現代でさえ、事実上の占領の危機を常に抱えているとも言えるのです。